2020/03/17 初めて奥高尾に登る。

そういえば、山についての記事をまとめるカテゴリーがここにあったことを思い出して、久しぶりに書いてみようと思う。
登山に少し興味のある方ならば、一度は聞いたことがあるであろう「高尾山」にまつわるお話である。

世界一登山客の多い山でも知られ、高さこそ低めではあるが、そのぶん登りやすく、ロープウェイで気軽に山頂へ行くこともできる。
観光地としてのすべてが揃っており、見どころの文化財はもちろん、食事には事欠かず、お土産が並び、仲間とバーベキューやビアガーデンを楽しむこともできたりする。それが高尾山。

登山ガチ勢を気取っていた僕としては(今では恥ずかしい限り)あまり興味が持てない山だったのだが、この高尾山へアクセスできる「奥高尾」なんて言われるエリアがある。
詳しくは割愛するけれど、今回初めて、定番である陣馬山からの縦走ルートを友人と歩いてきた。

弟子ちゃんも連れて行ったのだが、急だったからか文句を言われたので「ネタにすりゃいいじゃん」と黙らせた手前、彼女のブログも宣伝しておこう。
山が教えてくれる7つのこと。

早朝7時半少し前に友人と弟子ちゃんと、JR高尾駅北口で合流、そこからバスで登山口を目指す。
行きは約40分くらいだったが、お互い関わっていた案件が本当にあった怖い話レベルの勢いで消失したことについて話が弾む。(心は弾んでない)

お粗末なことに、登り始めた時間は記憶していないのだが、陣馬山中に入って、時間を確認した頃には9時を回っていたかどうかだったように思う。

登山といういうよりはハイキングに近い道中なので、喋りながらのんびりと楽しめる予定だった。
なんせいい感じの陽気、ここ数日の天気も悪くはなかったから山道も乾いているだろうし、低山だからアイゼンも必要ないだろう。

という見込みが見事に外れるのが登山である。
人間は簡単に翻弄される。

始めこそ霜柱が目立つ程度だったが、途中からしっかりと凍結していたし、なにより一番面食らったのが、数日前の積雪と霜が溶けた箇所が、クイズ番組の企画ばりにドロドロになっていたことだ。

人がよく来る山道は、土がえぐれて粘土が露出しているのだが、それに水っ気というのが実に滑る。
転んで泥だらけだけは勘弁と、かなり気を使った道中になったのだった。

「こんなはずでは」と友人と言い合ったが、この感じ、まるで戦地で想定外の計略に嵌められたようではないかと思い至り、終いに我々はかの名軍師、諸葛亮孔明にしてやられたモブ武将という設定で「おのれ公明~~!!」と言いながら進んだのだった。愉快。

陣馬山には本当に馬がいた。
武田信玄に縁があるとかないとか。気になる方は調べてみてほしい。

ちなみに陣馬山は854m、高尾山が599mなので、ここからは下りだ。

なんてことはないのが縦走です。そんなに甘くない。

素晴らしい眺望。
でも、どの辺りなのかは確認しない適当スタイルが我々です。

相変わらず孔明の罠に苦しめられながら進む。
人気のあるルートだけあり、頂上という頂上と、よき場所には茶屋が必ずある。
しかしながら平日なのでどこも休みであった。

ほんの少し休憩した茶屋に、山桜が咲いていた。

夢枕獏の『 陰陽師 』の漫画が大好きなのだが、こういう山桜一本を肴に酒を飲みたいものである。
平安貴族になりたい。

景信山の山頂で昼食。
といっても、朝飯を食べずにきてしまった僕は、陣馬山の時点でキオスクで買ったカロリーをすべて摂取してしまったので、友人からもらったチョコレートを頬張っただけだった。

朝飯マジで大事。途中ずっとふわふわしてた。
山に登ると、自分のカロリーメーターが目に見えるようだ。
その表現いただきました、と弟子ちゃんに言われて、いいよーと言ったらマジでブログに書いてやがった。

茶屋が3つと、相当な数のベンチとテーブルが置いてあった。
休日は人でごった返すのであろうか。ふらっときてここでビールでも飲みたいものだ。
ところで鬼滅の刃の聖地らしいのだけれど、確認するすべが僕にはなかった。
そろそろ見ますごめんなさい。

孔明の罠こそあったけれど、山道としては本来波乱があるわけではないから、くたびれながらも高尾山に到着。
工程的には、ざっくり6時間と言ったところだろうか。

さっさとロープウェイで降りてそばとビールを喰らおうと話すが、海外の方が食べていたソフトクリームがやけに美味しそうだったので、それだけいただきました。おいしかった。

数年前来たときは、ハイヒールの女子がいたけれど、相変わらずそういう存在とエンカウントしても何も不思議ではない光景が広がっている山頂だった。
眺望はもういいや、とかいう一同は写真も取らずロープウェイに乗るのだった。

登山は面倒くささの連続である。
登り始めたときは「なんで来たんだろう」と思うし、途中で階段を見れば「もう帰りたい」と思うし、疲れてくると周りなんて見れなくなる。

それでもまた登りたいと思うのは、なんでなんでしょうね。
山は良いもんです。

どういいのかについて、弟子ちゃんが真剣にブログ書いてたので、もう一度宣伝しておきます。
山が教えてくれる7つのこと。
前日連絡の強制参加ですまん。この場を借りて謝罪します。
尚、反省はしてません。フットワークが大事。

最近キャンプにかまけて登れてなかったけど、またマメに登りたいと思う。
毎回、気づくことがあるから。

心の師、大塚英志先生へ

またこの場所で文章を書き始めようとする中で、かつて僕が開催したイベントとも言えない一人相撲。

「僕はMADARAの完結を認めない」

こちらに、いくつかのメッセージをいただいていたこと。
そして昨日Twitterに友人が書き込んでくれた、このイベント名の元ネタになっているMADARA「最後の作品」の名前を久しぶりに見て、僕と大塚英志さんの忘れられない思い出を記しておこうと思いました。

と言っても、お会いしたことはないのですが。

ここに書くべき話題な気もしたのですが、noteに書いていこうと思っているテーマにより近いと思ったので、そちらに記しました。
改めて、MADARA知らない人にはなんのこっちゃよくわからない文章だなと思いますが。

探し求めた本は存在すらしなかった -note-

まあ、これはラブレターなのかも知れないなぁ、なんて。

「またやってください」という言葉にいつか応えたいと思っています。
そんなに、遠くない将来に。

陽はまたのぼりくりかえす

二年半ぶりくらいになります。

この二年半は、5年かそれ以上分くらいの密度があったように思う。
言ってしまえば忙しかったし、充実もしていたんだと思うけれど、何事もずっとはうまく行かないものだし、良くしたいのであれば工夫し続けなければいけない。

ここでまた、立ち止まっているということは、何かを変えなくてはいけない時期だということ。
大体2~3年でそんな周期を繰り返していた気がするけど、今回は割と長かった気がする。
それだけ居心地がよく、得難い経験と体験の中にいれたことを感謝します。

そうはいっても、次にいこうという気分になってしまうと、もうどうしようもなくそうしないと気が済まない人間なので、最近チクチクと準備をしたり、何かを始めたりしています。

というわけで、ここという場所がありながらnoteをはじめました。

何を書くのかは、本当は決めているんだけど、今はアイドリングをしています。

ここはここでどうしようかと思ったけれど、ここでも最近決めた新しい名前を名乗っていくことにします。
いわゆるペンネームみたいなものだけど「赤神 音羽」と名乗っていこうかと思います。

意味は半分あって、半分はない。
ただ、画数だけはめちゃくちゃいいということだけは確か。

自分の本名のことはとても大事にしていて、大好きでもあるんだけれど、ここに来て別の名前を名乗っていこうと思ったのには意味があります。

そのへんのことは、noteに書いたので、気が向いたら見てくれたらうれしいです。

いかにも自己顕示欲と恥ずかしいくらい恥ずかしい字面なことに関しては諦めました。根っこからこういう感性らしいので。貫けばそのうち笑われなくなるさ。多分。

noteに書かないことを、こちらで書いていこうと思います。
というのも、自分の本名に紐付いたいろんなことがあるからで、その整理はちゃんとできなそうだし、結局マージしてしまうんだろうから、せめて発信の場所だけでも自分的にわけとくか、という感じです。

そういえば、会社も5期目に入ったんだけど、それについて発言するのもタイミングを逃してしまったなぁ、別にたいしたことじゃないからいいんだけど。

そうそう。
3年ぶりにコミケに受かりました。
言い方を変えるならば、3年ぶりに自分たちの表現に向き合えるようになりました。

今回も手を動かすのは弟子ちゃんだけど、彼女もやっと何周かして腹をくくったみたいなので、応援してやってください。

実は新しいサークルも動き始めたんですが、そのへんも彼女の記事に譲りましょう。

結局、何度も立ち上がったりしゃがんだりを繰り返してばかりで、前に進んでいるのかどうかすら怪しくなる人生だったけれど、いつもこういう瞬間だけは希望に満ち溢れているものです。

急ぎはするけれど、そんなに早くはいけないもので。
それでも歩いていくことが大事だし、今はそれしかできないかもしれないと思います。

それでは、また近々。
更新頻度は、あげていこうと思ってます。