幸せのおすそ分け

前社時代の同僚の結婚式にご招待いただきました。
新郎新婦共に元同僚で、よく飲んだし、新郎とは草野球チームもしております。
大好きな二人の結婚は本当にうれしいものだったし、式も素晴らしいものでした。

余興もお声がけいただいて、高校時代は応援団長だったというあんまり信じてもらえない経験を存分に活かして、無駄に通る声で披露宴に華を添えることができたことを光栄に思います。

あまりにも仲睦まじい雰囲気がこれでもかというほど溢れ出ており、本当にいい夫婦が誕生したんだなと疑う余地のない様子。
兎にも角にも幸せそうで、私は終始笑顔でありました。

文字通り、幸せをおすそ分けしていただきました。

 

去年、兄夫婦の結婚式に参列した際には、結婚式って大変だなって思った次第ですが、反面こりゃ本当にやる価値のある人生のイベントなんだなとしみじみと思いました。
今日も今日とて、新郎新婦の人となりや繋がりが端々から感じられる、丁寧に時間をかけて準備された素敵な式だなぁと思いました。

幸せを願う心、祝福する心、そんなもののるつぼと化した式場は、もういるだけで魂が浄化されそうになります。されました。

かつては、幸せになったら音楽なんてやれなくなると宣っておりましたが、最近そちらの活動が縮小気味の私に置きましては、普通に幸せになりたいと思うこともたまにはあります。

 

と、ここまで書きましたが。
新婦の次ぐらいに式場で目立つ赤髪の私の面倒をみてやろうという殊勝な方がいつ現れるか正直まったく見当がつかないので、明日からも仕事頑張ります。

しかしながら新郎新婦のお二方、二次会で引き当ててしまったビンゴ景品に関しては何かしらの天啓と受け止めて頑張ります空気読まず失礼しました。

 

というわけで、問答無用でみんな幸せになってください。赤髪より。

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余生突入後5年。

最近何かと話題のヤマト運輸に、僕がアルバイト~社員として在籍していたことを知っている人はそんなにいないかもしれない。
大体12~10年位前の話である。当時は猫背不眠症というバンドをやっていた。
社会人バンドマンとしていきていくのもいいのかもしれない。そんなことを本気で考えたりもした。
でも結局「バンドで飯食います」といって多大な迷惑をかけて辞めたのだった。

その時のセンター長が、このたび副支店長になるという話を、元同僚の知らせで知った。
他のメンバーも結婚したり、教えてくれたその子も正社員になったりと、めでたいかぎりで嬉しかった。

僕はバンドで飯は食っていないまでも、会社を一人で経営して生きている。
出世なのか何なのかわからないけれど、きっとあの頃よりはそこそこ立派になっていると思う。

カート・コバーンが死んだ歳を通り過ぎて早5年強。
余生だなんて言っていた時期から、なんとなく次の道が見えた気がして今に至る。

順調と言えばそうだし、なんだか変わりばえしねーなって言えばそうだったりもします。

生きるって戦争だな。目的見失うと即死しそうになるから。

正直に言えば最近目的地設定がうまくいっていないので、さてどうすっかなって毎日考えている。
あんなに優秀なGoogle Mapsさんだって、目的地入れなきゃただの地図なわけで。

心配ご無用。最後は自分で決めんだろ、わかってますがな。
でも、飲みのお誘いは大歓迎です。
最後の最後の甘え下手は一生治りそうにないので。
せめて脳みそのアルコール洗浄でも。

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近況報告。

最近Twitterの浮上率が落ちている和賀です。生きてます。

 

SNSが普及して、以前とはだいぶ生活が変わりました。

離れたところに住んでいる人の近況を直接話を聞いたかのように知ることができ、身近に感じられたりしてFacebookっていいなーって思っていた時期が僕にもありました。
まるでひとりごとでも、どこかで誰かが見ていると思うと、なんだか気が楽になるような気がしてTwitterに書き込んだり。
王様の耳はロバの耳、的な使い方をしたり。

日々だれかにふわっとメッセージなのか承認欲求なのかを投げつけつつ、反面誰かのそれを受け止めたりしているわけですが、なんとなく画面の向こうに人が存在していることは認識できる。
できてない人がよく相手を人間扱いしてない光景を見かけたりもしますが。

まあ、そんなこんなで友人や気にかけている人に関しては元気かそうじゃないか、起きたか寝たのか、そんな日々の表情がわかったりして自分の一日に溶け込んでいたりするものです。

だから、僕なんかでも浮上しなくなると「アイツ何やってんだろ」的なことを思ってくれる人はいくらかいるのだろうなと思うわけです。

 

SNS自殺というものを考えたことがあります。

ネット上に何かしらがアップロードされるようになった瞬間から、その持ち主が現実世界で消滅した際にそれらが放置されるという現象は今に至るまであるわけです。
僕が書き飛ばして筆を置いたブログだって、サービスを運営している会社のサーバーが消滅しない限りは存在するのでいまだにネットの海を探せば出てきます。

そういう現象は往々にしてあるわけですが、ここまでSNSが浸透した世界においてはネット上のみのコミュニケーションや存在がこれまで以上に大きくなっていたりします。
リアルとオンラインがかなり乖離しているという現象が言うまでもなくある。

そんな中、ネット上に形成されたアカウント=個を意図的に捨てて、すべてのコミュニケーションを断つことはある意味では自殺に近いのではないかと思ったのでした。

まぁなんつーか、寝ても覚めても携帯が片手にあれば世界と繋がれるし、飯食ってるときもすぐに発信できる今の世界において、ネットの輪から逸脱したらもう魂半分くらい消滅する勢いで色んな人が自分にアクセスできなくなるんだろうなって。

 

インターネットと呼ばれるもの、それをそれたらしめている機能がすべて機能不全に陥ったら、その瞬間から生活はどんなふうに変わるだろうと夢想するくらいは、物書きだから許されるよね。

 

『NieR:Automata』をクリアして『夏目友人帳』を延々と見てたらそんな気分になった赤髪でした。

NieR:Automataは本当に素晴らしかった。こういうの作りたいと久々に思わされた作品でした。

夏目友人帳は、もう日々花でも愛でながら酒のんでゆっくり暮らしたいと思いました。大切な人がそばにいてくれたらばなおよし。

詳しくは綾瀬にでも譲ります。そういえばアイツも生きてんのかな。

 

疲れてませんよ別に。

 

最近、メジャーに行った友人がライブに誘ってくれました。

バンドマンとしての俺は多分終わったなって思ったりもした今日このごろですが(その話はまた別の機会に)彼が言っていた言葉がとても胸に残りました。

 

色々と忘れてしまったものばかりで少々辛くなります。近頃。

 

桜が咲いたら、のんびり花見にでもいこう。