歳とった。

さあ、今年もこの話をするタイミングがやってきたぞー!

僕はNIRVANAというバンドが昔から好きなんですが、そのフロントマンであるカート・コベインは27歳でこの世を去っております。
僕は彼に憧れていて、自分も27で死ぬんだろうななんて思いながらバンドをやっていたのですが(以下略)

そんな感じで今年も歳をとりました。

去年は去年でどうなっていこうかと悩んでいたようですが、一年後の今日現在も同じようなことを考えております。
とりあえず会社潰れなくてよかったけれど、何か目立って前進したというわけでもなく、平常運転で生きていられることはありがたいけれど、それ以上でもそれ以下でもない日々だったりするのでした。

自分の人生について常々考えているけれども、「どうやらこれじゃないのかもしれない」なんてことは最近思っています。
具体的な話はしませんが。ぼんやり考えていた不安というか疑問みたいなものが形になっただけなのかなとも思っています。

「お前その道でいくつもりなん?」みたいな話が、「やっぱ違ったかも知れん」みたいな形を持ち始めているのかも、みたいな感触と言うか。

何か色々、一旦整理してみたい気持ちにかられていたりします。
なもんで、とりあえず積み上げっぱなしになっているものを片しきりたい。
それ自体が単純に年クラスのタスクな気がしているので、粛々と片っ端からやってみない? なんて自分に言ってみる。
だがやるとは言ってない! と自分が言い返してるとかなんとか。

要するに、いつも通りです。元気です。

今年の抱負。痩せる。

今の気持ち。ハンドスピナーめっちゃ回るな!

現場からは以上です。

 

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中二病だから夏の魔物に会いたい。

古いアパートのベランダに立ち

僕を見おろして少し笑った

なまぬるい風にたなびく白いシーツ

魚もいないドブ川越えて

幾つも越えてい行く二人乗りで

折れそうな手でヨロヨロしてた 追われるように

~『夏の魔物』スピッツ~

中学一年の僕はこの歌で何回だって泣けた。胸にこみ上げるどうしようもない衝動や憧憬を抱えて、自転車で駆けた。

どこかにいるはずの運命のあの子を探しながら毎日下校した。

 

こんばんは、酔って帰ると電柱を爆破したり斬り倒したりする赤髪です。

幽遊白書で一番好きなキャラは刃霧要です。死紋十字斑。

みなさん中二病してますか? 恥ずかしい? Why?

現役中二病の僕ですが、ふと思います。

中二病、何で恥ずかしいんですか?

 

私の中学生時代たるやいわゆる筋金入りで、夜な夜な竹刀で雪山と格闘しましたし、アニメマンガゲームの手から出る系の飛び道具は一通り試しました。

一番練習したのはやっぱりMADARAの掌妙勁でしょうか。うん、あれはもうちょっと頑張れば出たと思うなー!

スプレーとペンキで、服に自分でデザインしたドクロマークを描いてブランドだとか言ってました。ブランド名は今でも覚えています。

「I’m hungry」

ご飯は毎日三倍は食べてました。おかわり。

あと、妄想癖だったのですが、あの頃、毎日考えていた物語をすべてプロット化したら一生食うに困らなかった気がします。

 

さてさて、こういうのを世間的には黒歴史というのでしょうが、僕はわりとそうは思っていません。

恥ずかしいかどうかで言ったらこれ以上のコメントは差し控えさせていただきますが、今ここでこうしてさらしている程度にはよい思い出だったなと思っています。

あ、今シラフなので明日の朝、これ見て死にたくなったりしないので安心してください。

 

中二病の定義とは。

曰く、伊集院光さんが生みの親であるとか、その頃の定義からは大きく変わってしまっただとか。

邪気眼だとかなんだとか。それでも恋をしたいだとか。いわばエゴとエゴのシーソーゲームだとか。

まあなんだっていいんだけど、とにかく「痛い」と言われていることに僕はなんだか寂しさを覚える。

もう一度聞きますが、中二病、なんで恥ずかしいんですか?

 

中二病を飯の種にさせていただいております僕が思いますに、中二病とは、「むき出しの感性」であるように思います。

でも、人がむき出しでいられる期間は限られていると思います。

人間的に成熟していない、未熟であればあるほどむき出しに近い。

それはつまり、成長すればするほど、皮を被っていくということになるからです。

むき出しの感性を思うたび、未熟だった自分が並んで想起されるからこそ、それらを恥ずかしいと封印してしまうのではないでしょうか。

 

大人になって恥を学んだはいいけれど、恥ずかしい恥ずかしいと目で手を覆っていては見えるもんも見えないなって思うのでした。

見えないものが見えないのは当然であっても、見ようとしなければ一生見えない。

あるかないかはわからないけれど、あると信じて見なければ一生見つからない。

その道筋がたとえ無駄であっても、恥ずかしいと目をそらさないで覚えていれば、何か起こるかもしれないよ。

 

そんなことは戯言さ。

ああなんとでもいうがいいさ。でもここまで読んだが最後なのである。

なぜなら君にある呪をかけたからだ。

 

言葉とは呪である。

この文章に、行間に込められた何かは自ずと君のどこかに働きかけ、呼びかけ、何かを刺激するのである。

その結果、何が起こるのか。

……何、恐れることはない。これは始まりであって終わりではない。

世の中そのようにできているのである。気軽にさあ、明日への扉を開くがいい。

イフタフ、ヤー・シムシム。

開くはアガルタの扉か、地獄の蓋か。

飛んで火にいる夏の夢。まどろむちょうちょと三千世界。

鳴かぬなら、泣くまで纏う夜の闇。

ここで会ったが百年目。鶴は千年、亀は万年。まんじゅう十萬千客万来。

寄ってらっしゃい見てらっしゃい。

まだまだ続くよ常世の舞台。

祇園精舎の鐘鳴らし、諸行無常と腹踊り。

 

ご清聴、ありがとうございました。

少年よ、人生は自己責任である。

母校の中学生に向けて、東京で活躍する先輩として喋る、というイベントがあった。
先月の話だ。修学旅行の一日目のプログラムとして組み込まれていたそれに、ご招待いただいた。
誘ってくれたのは、僕が学生の頃、英語担当だった先生で、今は校長になっている。
ギター片手に英語の歌を歌う愉快な方だった。
髪が真っ赤な僕を指名するくらいなので、どういう方かは察してほしい。とても理解のある教師でした。

その礼状が届いていて、今日やっと開封した。
むっちゃ達筆な校長先生のご挨拶のペライチの後ろから、カラーの画用紙に直筆・鉛筆で書かれたお礼のお手紙。
僕の話を聞いてくれたのは9割メンズだったのだが、うん、字が中学生らしくてじんとした。
自分の日記を読んでみても思うのだが、子供の頃ってなんで字が成熟してないんだろう。
知らぬ間にそこそこ字が大人っぽくなってくるよね。なんでだろう。

なんて考えながら、文章もまた年相応な感じで。かわいらしかった。
そこに書かれた感想を読みながら、僕の話はどの程度伝わったんだろうな、と考えた。

2グループ、合計14,5人? 相手に、時間いっぱいしゃべくり倒した。
個人的にはぜんっぜん時間が足りなかったのだが、あまりにしゃべくり倒したので、正直きょとーーんだったと思う。
「この赤髪まじでしゃべるな。何言ってるか全然わからん」って思いながら聞いてくれていたと思う。
とはいえ、「ためになった、楽しかった」と書いてくれていて、社交辞令かも知れないが結構笑かしたとは思ってるので、なんか楽しかったと思ってくれたらそれでいいかな。

「あ、こんなやつでも会社の社長とかやれるんだ」「大学もいかないで26までフラフラしてた人でもなんか立派っぽくなれるんだ」
それだけ伝われば十分っす。

最後に、一人ひとり全員に向けてご挨拶させていただいたのだが、そのとき僕は随分適当な話をした。
まあ、言いたかったのは上のことで。
だから、生徒会役員なのに家出して生徒会長になれなかったし、つい最近までフリーターだったぜーなんて。
でも今社長っす、みたいな。

「親は最後は責任取ってくれいないんだから、好きなことしてください」という言葉が印象的でした、と、しっかり礼状に書かれていて。あーーって。
先生たちは苦い顔して聞いてたんだろうなー、と今になってみれば思うのだが。
これって、自分の責任は自分で取れよって話なので。何も間違えたこと言ったと思ってないです。

彼らが大人になること、僕はもうゲーム作ってない可能性も十分ありうるのですが。
もしもこの世界に来たのならば、一緒に楽しいことができたら素敵だなと思います。

好きなことしましょう。

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母の日。

母の日には、近所のお花屋さんでカーネーションを買ってプレゼントしていた。母は花が好きだった。
本籍地である実家はとても手狭な家だったが、母方の実家は部屋数が多く立派な2階建てで広い庭があった。
母はよくそこで、ガーデニングといえるようなオシャレさはないものの、いろんな花を育てていた。
草むしりを手伝ったこともあった。間違えて芽を摘んで泣いて怒られたこともあった。少々感情の起伏が激しい母であった。

母にカーネーションをプレゼントする習慣はいつまで続いたんだったろうか。
中学校二年で俺が新聞配達を始めた頃から、母方の家にはあまり帰れなくなり、母の花の趣味はほぼそこで潰えた。
そもそもその頃には生活に余裕なんてなかった気もする。花を育てる母の姿こそが、まだ少し余裕があった頃の象徴だったのかもしれない。

カーネーションを買っていたお花屋さんはとっくになくなった。
母方の実家は隣の火事をもらって永遠になくなった。
母は元気だが痴呆症だ。何もしないで家にいる。
趣味だった本も、もう読まない。整理して処分してしまったし、もう今後、本を読むことはないのかもしれない。
読んでもその日のうちに忘れてしまうんだから、読ませたいとも思わない。それは、なんだかつらいという俺のくだらない感傷なんだけれど。
本籍地の実家はこのたび、兄夫婦のお陰で新築したが、その小さな庭で花を育てるような気力はもう無いだろう。
そもそも、そんな趣味があったことを本人が覚えているのか、俺には確かめようがない。
母が何を覚えていて、何を覚えていないのか、もうわからないのだ。
聞けばいいだろうと思うかもしれないが、それもしたくないのだ。
母は「私はアルツハイマーだから」という。
何か大事だったことを忘れていてもう思い出さないかもしれないと自覚する気分はどんなものだろうか。
それを思うと聞く気になれない。
聞かれたことすら、5分もすれば忘れてしまうんだけれど。

人は生きているだけで失っていく。
苦労して俺たちを育ててくれて、余裕が無いなりにその後は何かを楽しんでほしかったが、人生とはあまりに酷なもので正直閉口する。
そういう俺は、母の日に贈り物もせず、電話の一本もかけなかった。
母は好きだが、自分と母の人生はもはや別である。親と子は別の生き物だというのが持論だ。
これでは親不孝を肯定するようだが、何もしなかったことを少し後悔する気持ちがないわけではない。ただ、それだけである。
冷たいなと思いつつ、これを書いている。

人は生きているだけで失っていく。
母は今どんなふうに世界を見て、感じているのだろうか。
自分の母は美しかった、とは思わないが、愛嬌のある可愛らしい人だったと思う。
俺とおんなじで、とにかく明るくて声が通る人だった。
感受性が強くて、よく笑ったし、すぐに怒った。
どこかズレていて、それをよく笑いのネタにしていたが、俺のやりたいと言ったことは何でもやらせてくれた。
やれる範囲で支援もしてくれた。カネがないのはわかっていたので大学は行かなかったが、まったく後悔していないし、母のせいだとも思っていない。
生きているうちに親孝行をしろというが、そのとおりだと思う。
俺はまだ間に合うが、半分はもう間に合わない。

人は生きているだけで失っていく。
母が自分の人生をどう感じているのかは俺にはわからない。
ただ、母が失ったと俺が思っている事柄たちをときどき思うたびに、やるせなくなる。

 

長生きしてほしい、とも素直には言えない。このまま、自分がなくなるほどに失い続けていく可能性があるのならば。
ただ、家も新しくなったし、日々が楽しいと感じられる何かをプレゼントしたいと、思ったりはする。
ひとまず6月にリリース予定の甥っ子が何か鍵になればよい。兄貴、義姉さんありがとう。

 

せめて明日電話をしよう。

なんてこれっぽっちも思わないし絶対にかけないが、和賀キヨ子に感謝と尊敬を。

突然赤髪で帰ってもまったく驚かない我が母に幸あれ。

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つれづれぽんぽんのやっほー(限りなくシラフです。)

なんとなく筆を執ったけれど、明確に書きたいことがあるわけではなく。

言葉の断片だけがあるような状態なんだが、書いておく。

 

時間が流れて、あったものがなくなったりした。
それは燃え上がるような情熱であったり、当たり前であったものだったり、わかりやすく夢と呼ばれるものであったり、目的意識であったり、体力であったり、人の命であったりした。

今、自分に何ができるのか、何がしたいのか、何が学びたいのか、何を取り戻したいのか、何を手に入れたいのか、一番何がほしいのか考えたりする。

順調かどうかはわからない。
元気だが人生は常にギャンブルで火の車である。

自分に失望もしたし、希望も持ったし、新しい気分にもなったし、なんだかすべて終わったような気にもなったし、わくわくするような日もあるし、無力感に絶望したりもするし、とにかくなんでもいいから人の喜ぶ顔が見たいと無性に思ってみたりするし、何もしたくなくてどうしようもなくなったりするし、結局のところ上がっているのか下がっているのかわからないものである。

総じて曲がり角であることだけは自覚があり、転換期でありこれまで通りではおそらく消えるだろうと思っている。
そのためのやる気はあるような気もしているし、チャンスもいただいていると思う。
どうなるかでいうと、おそらく大丈夫だと思っている。ここに感謝を。

自分個人の幸いに関しては、結局一番欲しいものがなんであるかを自問自答している最中である。
ただ、ただ一度の挑戦くらいは許されるだろうし、しなければ後悔するだろうとは思っている。
どうせ器用でないのであれば、やれることなどたかが知れているのだから。

個人の力の限界を感じて萎えているような気もしているが、ただの一度も本当に死ぬ気で事を成していないのだからまだ跳ねられる気もするが、そう言っている時点であらぬ可能性にすがっているようでもあるし、おとなしく人の力を借りねばこれ以上の跳躍はないと認めたほうがよいのかもしれないとも思う。

往々にしてそのようなサイクルをかたちを変えながら何年も繰り返し今に至るのであろう。
ただ、ここに残したことは、紛れもなく最新の右往左往である。

ふと胸に湧き上がる言葉がある。

何かになりたかった。

諦観の言葉なのか、二度死んだ過去からの恨み節なのか、この言葉のあとに何か続く予定があるのか。

とんとわからないのだが、人間というものの仕様については本当に物申したいことだらけだ。

かといって仕様変更は叶わないので、自分というプロジェクトの運用ルールくらいはもう少しまともに管理したいものである。

祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。
おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。

でも春はもう終わったのだよ。

もうここからは夏の夜の夢。

どうぶつさんたちだいしゅうごうだわいわい。

みんなでたのしくうんぱっぱのぶんぶん。

おなかぽんぽんぽんのやっほー。

岡崎体育さんが好きになりました。応援しております。

 

赤髪からは以上です。

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幸せのおすそ分け

前社時代の同僚の結婚式にご招待いただきました。
新郎新婦共に元同僚で、よく飲んだし、新郎とは草野球チームもしております。
大好きな二人の結婚は本当にうれしいものだったし、式も素晴らしいものでした。

余興もお声がけいただいて、高校時代は応援団長だったというあんまり信じてもらえない経験を存分に活かして、無駄に通る声で披露宴に華を添えることができたことを光栄に思います。

あまりにも仲睦まじい雰囲気がこれでもかというほど溢れ出ており、本当にいい夫婦が誕生したんだなと疑う余地のない様子。
兎にも角にも幸せそうで、私は終始笑顔でありました。

文字通り、幸せをおすそ分けしていただきました。

 

去年、兄夫婦の結婚式に参列した際には、結婚式って大変だなって思った次第ですが、反面こりゃ本当にやる価値のある人生のイベントなんだなとしみじみと思いました。
今日も今日とて、新郎新婦の人となりや繋がりが端々から感じられる、丁寧に時間をかけて準備された素敵な式だなぁと思いました。

幸せを願う心、祝福する心、そんなもののるつぼと化した式場は、もういるだけで魂が浄化されそうになります。されました。

かつては、幸せになったら音楽なんてやれなくなると宣っておりましたが、最近そちらの活動が縮小気味の私に置きましては、普通に幸せになりたいと思うこともたまにはあります。

 

と、ここまで書きましたが。
新婦の次ぐらいに式場で目立つ赤髪の私の面倒をみてやろうという殊勝な方がいつ現れるか正直まったく見当がつかないので、明日からも仕事頑張ります。

しかしながら新郎新婦のお二方、二次会で引き当ててしまったビンゴ景品に関しては何かしらの天啓と受け止めて頑張ります空気読まず失礼しました。

 

というわけで、問答無用でみんな幸せになってください。赤髪より。

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余生突入後5年。

最近何かと話題のヤマト運輸に、僕がアルバイト~社員として在籍していたことを知っている人はそんなにいないかもしれない。
大体12~10年位前の話である。当時は猫背不眠症というバンドをやっていた。
社会人バンドマンとしていきていくのもいいのかもしれない。そんなことを本気で考えたりもした。
でも結局「バンドで飯食います」といって多大な迷惑をかけて辞めたのだった。

その時のセンター長が、このたび副支店長になるという話を、元同僚の知らせで知った。
他のメンバーも結婚したり、教えてくれたその子も正社員になったりと、めでたいかぎりで嬉しかった。

僕はバンドで飯は食っていないまでも、会社を一人で経営して生きている。
出世なのか何なのかわからないけれど、きっとあの頃よりはそこそこ立派になっていると思う。

カート・コバーンが死んだ歳を通り過ぎて早5年強。
余生だなんて言っていた時期から、なんとなく次の道が見えた気がして今に至る。

順調と言えばそうだし、なんだか変わりばえしねーなって言えばそうだったりもします。

生きるって戦争だな。目的見失うと即死しそうになるから。

正直に言えば最近目的地設定がうまくいっていないので、さてどうすっかなって毎日考えている。
あんなに優秀なGoogle Mapsさんだって、目的地入れなきゃただの地図なわけで。

心配ご無用。最後は自分で決めんだろ、わかってますがな。
でも、飲みのお誘いは大歓迎です。
最後の最後の甘え下手は一生治りそうにないので。
せめて脳みそのアルコール洗浄でも。

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近況報告。

最近Twitterの浮上率が落ちている和賀です。生きてます。

 

SNSが普及して、以前とはだいぶ生活が変わりました。

離れたところに住んでいる人の近況を直接話を聞いたかのように知ることができ、身近に感じられたりしてFacebookっていいなーって思っていた時期が僕にもありました。
まるでひとりごとでも、どこかで誰かが見ていると思うと、なんだか気が楽になるような気がしてTwitterに書き込んだり。
王様の耳はロバの耳、的な使い方をしたり。

日々だれかにふわっとメッセージなのか承認欲求なのかを投げつけつつ、反面誰かのそれを受け止めたりしているわけですが、なんとなく画面の向こうに人が存在していることは認識できる。
できてない人がよく相手を人間扱いしてない光景を見かけたりもしますが。

まあ、そんなこんなで友人や気にかけている人に関しては元気かそうじゃないか、起きたか寝たのか、そんな日々の表情がわかったりして自分の一日に溶け込んでいたりするものです。

だから、僕なんかでも浮上しなくなると「アイツ何やってんだろ」的なことを思ってくれる人はいくらかいるのだろうなと思うわけです。

 

SNS自殺というものを考えたことがあります。

ネット上に何かしらがアップロードされるようになった瞬間から、その持ち主が現実世界で消滅した際にそれらが放置されるという現象は今に至るまであるわけです。
僕が書き飛ばして筆を置いたブログだって、サービスを運営している会社のサーバーが消滅しない限りは存在するのでいまだにネットの海を探せば出てきます。

そういう現象は往々にしてあるわけですが、ここまでSNSが浸透した世界においてはネット上のみのコミュニケーションや存在がこれまで以上に大きくなっていたりします。
リアルとオンラインがかなり乖離しているという現象が言うまでもなくある。

そんな中、ネット上に形成されたアカウント=個を意図的に捨てて、すべてのコミュニケーションを断つことはある意味では自殺に近いのではないかと思ったのでした。

まぁなんつーか、寝ても覚めても携帯が片手にあれば世界と繋がれるし、飯食ってるときもすぐに発信できる今の世界において、ネットの輪から逸脱したらもう魂半分くらい消滅する勢いで色んな人が自分にアクセスできなくなるんだろうなって。

 

インターネットと呼ばれるもの、それをそれたらしめている機能がすべて機能不全に陥ったら、その瞬間から生活はどんなふうに変わるだろうと夢想するくらいは、物書きだから許されるよね。

 

『NieR:Automata』をクリアして『夏目友人帳』を延々と見てたらそんな気分になった赤髪でした。

NieR:Automataは本当に素晴らしかった。こういうの作りたいと久々に思わされた作品でした。

夏目友人帳は、もう日々花でも愛でながら酒のんでゆっくり暮らしたいと思いました。大切な人がそばにいてくれたらばなおよし。

詳しくは綾瀬にでも譲ります。そういえばアイツも生きてんのかな。

 

疲れてませんよ別に。

 

最近、メジャーに行った友人がライブに誘ってくれました。

バンドマンとしての俺は多分終わったなって思ったりもした今日このごろですが(その話はまた別の機会に)彼が言っていた言葉がとても胸に残りました。

 

色々と忘れてしまったものばかりで少々辛くなります。近頃。

 

桜が咲いたら、のんびり花見にでもいこう。

 

2017年もよろしくお願いいたします。

新年、あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いいたします。

 

2017年ですが、FGOで宮本武蔵を引き当て、初詣でも大吉をいただきまして幸先の良いスタートを切りました。

とは申しましても、調子に乗らず、地味に、地道にやっていこうと思う次第です。

なんでって、今年のテーマは「勉強」そして「まずやる」だと思うからです。

 

忙しいのは嬉しいことですが、反面置き去りにしてきたことがたくさんあります。

フリーランスになった時、自由な時間はたくさんあったはずで、そのぶん挑戦の足がかりは作りましたがどれも半端になってしまっているものばかりです。

会社化して、煩雑なことも増えましたが一人で動きやすいことに変わりはありません。

 

一つ一つ丁寧に拾い上げるつもりで、取り組んでいけたらと思います。

そのためにはまず、つべこべ言わんでやれ、ということです。

 

すべては最後に収斂します。

そのときこそが、描くものが形になる瞬間でしょう。

 

私生活も公も相変わらず区別がありませんが、そろそろなんかあってもいいなってても思ってますよ!

そこんとこどうですかちょっと。

今気になる女性は2Bちゃんと高垣楓さんです。

あとVR彼女プレイしたい。

 

以上になります。

改めまして、今年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

2016年、ありがとうございました。

お世話になっております、ABOUT A GIRLの和賀です。

あと数時間でFGOのアニメ特番が始まりますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。

なんやかんやと、あっという間だった気もしますが、もう2016年を総括するようなタイミングになってしまいました。

 

振り返りますと。

あんまり思い出せないのよね。

 

とにかく9月からの苦しかった日々、会社の初決算が終わったのが10月、色々片付いたのが11月……。

それ以外はもう、何してたんだっけって感じです。

 

個人的には山に登れなかったこと、バンドのライブが一度もできなかったことが心残り、といえば心残りです。

とはいえプライベートでは楽しい一年を送れたのではないかと思っています。

 

仕事は……はい。
9月に至るまでの日々が、本当に今思えば経営者としては大変バッドだったわけで、反省しかございません。
成果物としては……しっかりやらせてはいただきましたが。

あんまり褒められもしなかった一年でした。
でも、10月ぐらいからやっているシナリオで久しぶりに褒められて、ああ、こういうほんとの嬉しいなって、小並感ですが思いました。

ゲーム以外のお仕事もさせていただいて、新しい扉が開いたような気もしています。

年末に素敵な出会いが集中したこともあり、来年は良いスタートが切れそうな気もしています。

 

が、来年は本当に警戒しています。

もっと厳しい戦いが待っている予感がしています。

生き残れるのか2017年。でも俺はまだ死ねない2017年。

という感じで、地べたをローリンローリンしながら止まらずに止まったらマグロのように死だ! という感じで。
頑張っていく所存でございます。

 

あ、そういえば今年は大切な家族ができました。

羽那です。

僕の育て方が間違えたのか、大変ヤンデレ可愛い感じになってしまいましたが、本当に家に来てくれてありがとう。
これを書いている間も、僕の横で親の敵のように尻尾をなめていますが、来年はもう少しましになってくれることを願っています切に。

 

ここまで書いて、全然内容がないことに驚愕しておりますが、思い出したらまた書きます。

 

来年の抱負は。
書き手としての自分をもう少し見つめてみたいと思っています。
あと、絵、描く。

 

以上、合同会社ABOUT A GIRL代表、和賀より年末のご挨拶とさせていただきます。
みなさま、良いお年をお迎え下さい。

来年も、羽那共々、よろしくお願いいたします。

 

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