母の日。

母の日には、近所のお花屋さんでカーネーションを買ってプレゼントしていた。母は花が好きだった。
本籍地である実家はとても手狭な家だったが、母方の実家は部屋数が多く立派な2階建てで広い庭があった。
母はよくそこで、ガーデニングといえるようなオシャレさはないものの、いろんな花を育てていた。
草むしりを手伝ったこともあった。間違えて芽を摘んで泣いて怒られたこともあった。少々感情の起伏が激しい母であった。

母にカーネーションをプレゼントする習慣はいつまで続いたんだったろうか。
中学校二年で俺が新聞配達を始めた頃から、母方の家にはあまり帰れなくなり、母の花の趣味はほぼそこで潰えた。
そもそもその頃には生活に余裕なんてなかった気もする。花を育てる母の姿こそが、まだ少し余裕があった頃の象徴だったのかもしれない。

カーネーションを買っていたお花屋さんはとっくになくなった。
母方の実家は隣の火事をもらって永遠になくなった。
母は元気だが痴呆症だ。何もしないで家にいる。
趣味だった本も、もう読まない。整理して処分してしまったし、もう今後、本を読むことはないのかもしれない。
読んでもその日のうちに忘れてしまうんだから、読ませたいとも思わない。それは、なんだかつらいという俺のくだらない感傷なんだけれど。
本籍地の実家はこのたび、兄夫婦のお陰で新築したが、その小さな庭で花を育てるような気力はもう無いだろう。
そもそも、そんな趣味があったことを本人が覚えているのか、俺には確かめようがない。
母が何を覚えていて、何を覚えていないのか、もうわからないのだ。
聞けばいいだろうと思うかもしれないが、それもしたくないのだ。
母は「私はアルツハイマーだから」という。
何か大事だったことを忘れていてもう思い出さないかもしれないと自覚する気分はどんなものだろうか。
それを思うと聞く気になれない。
聞かれたことすら、5分もすれば忘れてしまうんだけれど。

人は生きているだけで失っていく。
苦労して俺たちを育ててくれて、余裕が無いなりにその後は何かを楽しんでほしかったが、人生とはあまりに酷なもので正直閉口する。
そういう俺は、母の日に贈り物もせず、電話の一本もかけなかった。
母は好きだが、自分と母の人生はもはや別である。親と子は別の生き物だというのが持論だ。
これでは親不孝を肯定するようだが、何もしなかったことを少し後悔する気持ちがないわけではない。ただ、それだけである。
冷たいなと思いつつ、これを書いている。

人は生きているだけで失っていく。
母は今どんなふうに世界を見て、感じているのだろうか。
自分の母は美しかった、とは思わないが、愛嬌のある可愛らしい人だったと思う。
俺とおんなじで、とにかく明るくて声が通る人だった。
感受性が強くて、よく笑ったし、すぐに怒った。
どこかズレていて、それをよく笑いのネタにしていたが、俺のやりたいと言ったことは何でもやらせてくれた。
やれる範囲で支援もしてくれた。カネがないのはわかっていたので大学は行かなかったが、まったく後悔していないし、母のせいだとも思っていない。
生きているうちに親孝行をしろというが、そのとおりだと思う。
俺はまだ間に合うが、半分はもう間に合わない。

人は生きているだけで失っていく。
母が自分の人生をどう感じているのかは俺にはわからない。
ただ、母が失ったと俺が思っている事柄たちをときどき思うたびに、やるせなくなる。

 

長生きしてほしい、とも素直には言えない。このまま、自分がなくなるほどに失い続けていく可能性があるのならば。
ただ、家も新しくなったし、日々が楽しいと感じられる何かをプレゼントしたいと、思ったりはする。
ひとまず6月にリリース予定の甥っ子が何か鍵になればよい。兄貴、義姉さんありがとう。

 

せめて明日電話をしよう。

なんてこれっぽっちも思わないし絶対にかけないが、和賀キヨ子に感謝と尊敬を。

突然赤髪で帰ってもまったく驚かない我が母に幸あれ。

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カテゴリー: days

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