大変なのは自分だけじゃないぞよ、バンドマン。

最近の雑記なんですが。

なんか音楽のことをちょっと語ったりしている事と、関係があるのか。
友人と音楽の話をすることが多い。

この前は高円寺で、The ズズザザズのトモさん(@tmhs_ymgch)と、ランチをしながら飲んだ。
長い付き合いだけど、実はサシで飲んだのって初めてなんじゃないか疑惑があったんだけど……。どうすかトモさん。

この前書いた記事、「改めて聞きますが、音楽で売れたいんですか?」を読んでくれて、ちょっとはなそーぜ、ってなったのだった。

まぁ僕もトモさんも、いわゆる下北系世代、ギターロック世代からあのへんをウロウロしていて、お互いバンドもいつくか変えて今にいたり、大人になってもまだやっている、という人間なんだけれども。

なんというか、今の自分の立ち方には納得した上でバンドやっているという感覚は共通していると思う。

続けるというのはそういうことなんだと思う。
絶えず何かを求め続けてもいるけれども、自分が立つ場所に関しては、自分にしか折り合いを付けられる人間はいないから。
そこを疎かにしてはいけないと思うのです。

 

そして、これまた最近友人のカメラマンと飲んだのです。

とても考えさせられた。
バンドマンの視野の狭さにも繋がる話であった。

なんだかあんまり掘り下げると、また反感を買いそうな内容であるのですが書きます。

 

バンドマンはおそらく、音楽以外のこと、自分たちの以外のことはあんまり信用できていないのではないか。
おそらく。インディーズに限っては特に。

 

アー写って、真剣に撮ったことがありますか。

携帯のカメラで撮ったものから、デジカメ等々で友人に撮ってもらったもの、あるいはカメラマンと言われる方にとってもらったもの。

アー写と呼ばれるものは溢れているので、その中に上記のような物が混在している状況だとは思うのですが。

 

全部同じだと思ってませんか。

 

同じように見えていたとして、それは、逆張りでもありますよ。

自分の音楽もまた、そのように見られている可能性がある。

 

つまり「価値」がわからない人間には、ピンもキリも大差がないということなのです。

 

スタジオを一発撮りした音源と、数十万数百万円の予算でスタジオ録りした音源が、全く並列して聞かれるという状況は今も昔もあったわけですが、今この時代、それは過去より顕著でしょう。
iTunesに取り込んで、イヤフォンで聞いている時点で音質なんてもはやどうでもよい話となり、リスナーが聞いているのはもっと他の部分であったりします。

つまり音楽人が必死に創りだそうとする「差異」の部分に同じように価値を見出してくれる人は、同じようには存在しないということ。

 

しかりこれに苛立ちを覚えるバンドマンが、同じような態度を取る場合がある。

それは、自分たちに「価値」がわからないことに対してです。

 

例えば、ものすごく身近なはずの「アー写」です。

今は携帯内蔵のカメラの性能も、デジカメの性能も飛躍的に向上して、それっぽいものはいくらでも取れるようになった。
まるで、バンドマンにとっての録音環境のように。

ただ、バンドマンは言うでしょう。

この音を撮るためのこうした。何回やり直した。こんなにいいエンジニアを使った、スタジオ使った、楽器を使った。
だからこんなに素晴らしいものが撮れた。

 

それは、ジャンルが違えど言えることです。

カメラマンという職種があって。

その人達の機材へのこだわり、アングル、構図へのこだわり。コンセプト、それに伴う衣装、ライティング……などなど。
そして技術。信念。。

身近なアー写を撮ってくれる人達、「カメラマン」も、同じようにものづくりをしているアーティストなのですよ。

 

ものづくり、表現者というのもは、「理解されない」ことにどう立ち向かっていくかという事がある種、命題だとも思っています。
なので、理解されない、認められない、価値が分かってもらえないのは、当たり前に直面する出来事ではあるのですが。

 

それは自分たちだけじゃないということを理解しておいたほうがいい気がします。

 

カメラマンにアー写をお願いしたとして。
彼らは、バンドマンが音源を作るのと同じような情熱で写真を撮っている。作品を作っているのです。

その行為に対する情熱を理解できないのであれば、気安く頼むべきではない。
なぜならその仕事を軽視するから。だって理解できないんでしょう?

 

彼らは、作品を作るという情熱、欲求と同じくらいの勢いで、撮った写真の被写体に活躍してほしいと思っている。
それは相互作用というやつです。

善意という話ではない。
写真というのは、元来、広告的な要素と切っても切れない深い関係がある。

バンドマンもアー写を取るのは、ビジュアルという面を強化して、それをプロモーションとして活かそうという理念でやっているはずなのだから。

 

話がとっ散らかって来たけどさ。
つまりは、アーティストを自称するのであれば、同じアーティストの仕事を軽視してはいけないと思うのです。

カメラマンがボタン押してるだけに見えるとしたら、それは逆張りで考えた方がいい。
君も、ボタン押して演奏して、録音していると思われている可能性があるということです。

そう思われていたらカメラマンが悔しいように、君も悔しいはず。
レコーディングというのは、マイクとたくさんのつまみとフェーダーと……これ以上は言わないけど。

 

そういう、見えないようなこだわりと労力で差異を生み出そうと必死になり、それを伝えようとしている者ならばこそ、同じような戦場で戦う人の仕事は尊重したい。

アー写をカメラマンに頼むときは、そういう想いを持って行動してほしいなと思いました。

 

大変なのは自分だけじゃないんです。

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  1. ピンバック: 音楽と、マーケティングとか、自己プロデュースとか。 | ABOUT A GIRL

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